教皇フランシスコ回勅『ラウダート・シ、Laudato si'、主に賛美』(続く、3章106)

II. 技術者支配のパラダイムの国際化

106. 基本的な問題は深いです。人類がテクノロジーの開発を受け入れるに当たって画一的にして一面的なパラダイムを肯定しました。このようなパラダイム(考え方)は未分化で一次元的なパラダイムによってを受け入れ、発展させました。これは技術万能と経済優先のパラダイムです。

このパラダイムにしたがって主体は論理・合理的な手順で自分の外にある客体を次第に支配し、操作し、所有するのです。その主体は科学的方法を用いて自分の力を発揮しますが、科学方法が便りにする実験はまさに実在・現実を所有し、支配し、変革させる技術優先野ものです。あたかも主体の目の前にある客体は、無形の物で、操作されるままに変革するために主体の支配権のもとに置かれているかのように捉えられてしまいます。自然に対する人間の方からの手の加え方が昔からあったのですが、長い間そのような技術の行使は自然に内在している潜在能力に合わせて行われ、自然ないの力を生かそうとしました。

言い換えれば、自然から提供されているものを受け入れるとして人間が手を出していたような作用でした。しかし最近の技術のあり方が違います。今、人間が目の前にある現実を無視し、自然に手を加えることによって実在から引き出せるほどの利益を引き出そうとしか考えていないようです。だから人類と自然が手を取り合っているのではなく、自然と対決している人間の姿が注目されます。

この方法では無限や無制限の成長。開発についての考えを受け入れることを簡単になってしまいました。このことは経済経営者および融資者とテクノロジーの専門家にとって魅力的です。しかし地球の商品の無限の供給があることはうそに基づくと言わなければなりません。地球の財は限りなく搾取されうるというのは過ちです。この誤った前提で、「利用できるエネルギーの無限の量と資源があり、速くそれらを新しくすることもでき、そして、自然の搾取の負の影響が、簡単に吸収されることができる」と人は思い込んでしまうのです。