性と愛 (5:緊急避妊をめぐって)


   緊急避妊についての問い合わせを受けたことをきっかけにこの問題を取り上げることにしました。前から気にしていた避妊と中絶の区別に関する誤解が多いことに気づき、ここで要点だけを簡単にまとめ誤解を無くしたいと思います。

   緊急避妊法(英語でECという省略で知られている Emergency contraceptionのことですが)とは、図らずも避妊せずにセックスしてしまったとか、コンドームの破損や脱落とか、レイプにあった場合とか、腟外射精の失敗などによって妊娠する可能性が高いのに、どうしても妊娠を回避したい場合には一時的に使用される避妊法です。
性交後72時間以内に薬をのむことによって妊娠を避ける方法なので、その薬のことを緊急避妊ピルまたは翌朝ピルと呼ばれるようになりました。できるだけ早く内服を開始すると避妊効果が高くなるのですが、性交後72時間以内に薬を2錠内服し、最初の内服の12時間後に再度2錠内服します。この方法は1997年にアメリカ合衆国政府が安全性と有効性を認めてその使用についても許可しました。

   この方法は緊急処置として使われるものであって、決して通常の避妊として常用することは勧められていないのです。
1960年にYale大学でサルにestrogenを試みとして与えられるという実験が行われ、着床を妨げる効果が始めて確かめられました。
70年代にはいってから飲む避妊薬を組み合わせで施すことが試みられました。現在この方法を使うときetinilestradiol、0.2mg. とlevonorgestrel 1mgを二回に分けて与えられます。その一回と二回の間12時間の間をおきます。そしてこれは避妊せず性交した後の72時間以内に飲めば、失敗率は2%や3%だけだと言われています。

   緊急避妊ピルをのむと絶対に妊娠しないわけではありません。しかしかなりの避妊効果があります。いろいろな文献を総合すると、この方法によって妊娠してしまう危険が平均75%も減ります(文献により避妊効果は55〜94%です)。これは25%の人が妊娠するということではありません。妊娠しやすい時期に無防備にセックスをした人が100人いたとして、普通なら8人が妊娠するところがこの方法を使うと2人しか妊娠しないということです。つまりこの方法を使っても妊娠してしまう危険率(失敗率)は2%だということです。
   
   IUD(子宮内避妊器具)は緊急避妊としても使えます。それは避妊せずの性交の後120時間経っても効果があります。見方によれば排卵後の五日目までその効果があります。この方法の機能は着床を妨げることです。緊急避妊としての失敗率は1%以下になります。ただ専門家がつけなければならないし、性交による感染病に対する効果はないし、どの女性にでも会うわけではないといったマイヌスの点が指摘されています。
前述したLevonorgestrelは70年代から研究されてきました。最初は使う量によって周期への副作用などが恐れる心配がなく、1993年からYuzpeの方法に対する代案になりうることが明らかになりました。
緊急避妊が勧められないのは妊娠が確認した後からです。なぜかといえばそのときに効果がないからです。

   インターネット時代には情報を手に入れるのは簡単だと思われますが、「誤報」も少なくなく、特に医療に関することならなまの声で顔と顔を合わせて施し方を丁寧に説明する必要があることを忘れてはならないでしょう。

   避妊に関して言えば、これはセクスのあり方及び人間関係のあり方に関係するものであり、人間的生殖と健康にかかわる問題でもあります。これは教育の問題、社会の問題、医療に携わる者の問題でもあります。認識不足の問題を乗り越えなければならないのです。または認識があっても、必要な手段が簡単に手に入らなければこまります。

   2000年にスペインで63756件の妊娠中絶があったと伝えられています。緊急避妊によって中絶の数が減ると予想しているので、緊急避妊を促進する連盟には生殖健康と家族計画にかかわっている八つほどの国際協会が一緒に力を入れようとしています。

   マドリードにはカウンセリングを加えながらただで緊急ピルを提供している14ヶ所の青年健康相談センターがあります。その中の一つ尋ねてカウンセラー室で記録を見せてもらったことがあります(もちろんプライバシーのため当人の名前や個人データを省いた後ですが…)、典型的だと言われた次の二つのケースを知って考えさせられました。

   Aさんは16歳。母親から度々こう言われていました。「気をつけて無責任に性交をするな。するのだったら産む覚悟でなければ…」。 ある日のこと、一年ぶりにあった恋人から誘われてホテルで止まり、初めての性交がありました。終わってからそれとなく彼は言います。「ああ、割れたかなあ、コンドームは」。彼女は心配になりました。彼は安心させて「妊娠したら、すぐ結婚してあげるから」。でも、今自分が母親になるときではないし、準備が出来ていないのです。おまけに大学に行きたいのに。母親に話すのは怖い。きっと中絶させてくれないだろう…」。そこで、友だちにうちあけたら、青年健康相談センターに行くように勧められ、緊急避妊ピルをもらいました。法律的には微妙な問題がありました。というのは、未成年だったら医療の場で親の承認がなければならないことになっているからですが、緊急避妊に関してこの法律を最近次のように広く解釈できるようになっています。つまり、人格の中心と人権にかかわる問題で、未成年であっても自分で自分にとって重要なことに関する判断する能力があると「熟した未青年」だと医師が把握し,判断した場合、本人のプライバシーをまもるため、親と相談せずにピルを施しても良いことになっています。今述べたケースの場合、後に中絶してしまうことが避けられました。

   Bさんは18歳。祭りの時友だちと一緒に遅くまでさわいでから友だちの家でとまりました。避妊せずの性交を断りたいのに断りきれない状況になってしまいました。アルコホールの影響のもとに性交がありました。このようなことで困っているときは次の周期がくるかどうか不安のうちに待つよりは緊急避妊をしたほうが良いと友だちから勧められました。そして、青年健康相談センターに行ってピルもらったので、中絶が避けられました。

   ところで,ここで述べている緊急避妊のピルはRU486という名前で知られている別なものと間違えてはいけません。これは妊娠49日以内に妊娠中絶をひき起こすために使われているものであり、入院を必要とするものです。これは緊急避妊とは違って中絶をひきおこすものである以上その倫理的な評価は言うまでも無く違うわけです。

   それとは違ってここで取り上げている緊急避妊は着床以前の段階で用いられるので、中絶ではなく,着床を妨げる避妊法とみなされています。

   前述したように、緊急避妊ピルはセックスの後にできるだけ早く内服を開始すると効果が高くなります。緊急避妊ピルの明らかな作用機能について種々の結果が指摘されています。受精卵が受精してから卵管の中を運ばれて子宮の粘膜の上にたどり着くまで6〜7日かかるので、その間に子宮内膜を変化させて妊娠しにくくしたり、排卵を遅らせたり、卵管の動きを悪くすることなどによって着床まで至らず妊娠しにくくなると考えられています。
 
   とにかく,ここで強調したいのは、この薬は中絶薬ではなく,着床を妨げるものである以上、妊娠を予防する成果をもたらすということです。しかし、着床過程にはいって妊娠しはじめていた場合には緊急避妊ピルの効果はないので、レープなどのような場合,またはそれに当たるような緊急の場合,一日も早く飲むように勧められているのです。
 
   現在緊急避妊ピルはヨーロッパの多くの国で市販されていますが、決して常用すべき方法ではないということは当事者によく説明しておかなければならないことが強調されています。つまり、緊急避妊は望まない妊娠や中絶を防ぐためだけには必要な方法だということです。図らずも避妊手段をとらずにセックスしてしまった場合や避妊に失敗した場合にはできるだけ早期に緊急避妊法に精通した産婦人科医に相談することが勧められます。

   ところで、スペインでは宗教関係医療施設は板ばさみにありました。スペインのカトリック医療施設で産婦人科の問題にかかわっている医師などを中心に緊急避妊について研究が行われたのですが、神のヨハネ病院会をはじめ、カトリック医療施設でピルを施すに当たってどのような指針に従えばよいのかということを検討するためのマニュアルが作られ,現在それを正式に著す前に実験的に参考に使われています。
私自身はその課題の議論及びマニュアルに関する倫理上の検討にかかわったとき、カトリック医療施設が立たされている板ばさみの状態を身近に感じることができました。
 
   教会の指導に文字通り従えば緊急避妊ピルを与えてはならないことになってしまいます。一方、行政から伝わる国の厚生省の方針に従えば、無条件に当たり前のようなものとしてピルを機械的に与えなければならなくなります。そこで、カトリック施設は教会に対しても国の行政に対しても疑問を出す羽目になります。行政に対しては、ピルを与えたるときカウンセリングなどを伴って必要な指導で与えるべきだと言います。そして、教会に対しても、疑問を出さなければならないのです。ちなみに、その方針を狭くとらえる司教たちに向かって「ピルを与えなければ、困っている女性たちの中絶がふえるから必要な条件を満たした上で与えた方が良いのではなかろうか」と言わなければならないでしょう。これは慎重な立場だと私は思いますが、カトリック医療施設としては結局、行政の側からも、一部の司教たちからも、風当たりの強さに悩まされる結果となります。幸いに前述したマニュアッルが出来て、慎重に両極端を避けながらピルを与える方向で問題が落ち着きそうになっています。
そこで、責任のある慎重な選択は難しいです。

   最期に結論的なことを手短にまとめましょう。「選択する」ことが貴重になっていますが、慎重な選択を次のように勧めたいのです。

   イ)緊急処置があるからと言って安易にその用途だけに頼りたくありません。日ごろの教育の場で、人間関係のあり方と健全で正しい性教育を行うことに力を入れる必要があります。

   ロ)緊急避妊は緊急として使ってもよいし、中絶を避けるためにこそ使うべきである時が現在の社会状況では少なくないわけです。
ハ)しかし、緊急避妊は通常の避妊方法と間違えてはなりません。あくまでも緊急処置です。

   ニ)着床を妨げ、緊急避妊のために用いられるピルというものと着床の後で中絶を惹き起こすためのものを区別して見分けなければならないのです。